週に一度だけやってくる金曜日の夜。
8月のじっとりとした空気が体にまとわりつく。
しかし夏の夜独特のあの空気を吹き飛ばすほど、小学生だった僕の胸は高揚していた。
時刻は午後20時53分。
小さなリビングに布団を敷いて家族みんなで ”その時” をソワソワして待つ。
皆の視線は小さな黒いボックスに注がれている。
さあ、今日の僕はヒーローか、海賊か、それとも人知れず地球を守る黒ずくめのエージェントか…?
『金曜ロードショー』は子供の頃の僕にとって、恋人との待ち合わせのようなものでした。
一週間その日を待ち遠しく過ごし、金曜日がやってきて午後9時から2時間のデートを満喫し、そしてまた一週間後の午後9時に待ち合わせをする。
「映画が恋人」なんてクサイこと言うつもりはありませんが、実際、僕は映画と共に育ったようなものです。
僕の両親は共に映画が好きで、特に母親は20歳からDVDを集めるのが趣味でした。
DVDが累計で何枚あるかは定かではありませんが、最後に記憶しているのが300〜400枚くらいだったので、まあ要するにオタクなんですよね。
そんな親のもとで育った僕ですが、当然、映画の海に溺れる日々でした。
(幼少の頃『となりのトトロ』を朝昼晩、毎日観ていたらしい)
おかげで映画からはいろんなものを学べた気がします。
映画は製作者の美学が詰められているものです。
たくさん映画を見るとは、たくさんの人生を擬似体験するということ。
それはたくさんの美学に触れることでもあります。
映画というコンテンツがあるおかげで、僕は子供の頃から何十、何百という人生と美学を吸収することができました。
世界中の映画と2人の親に感謝です。
違う時代に、違う土地の、違う文化で生まれ育った誰かの人生と美学を、僕が体験できるのも、その美学をコンテンツ化(映画化)してくれたおかげです。
美学とはコンテンツ化して初めて人に届けることができます。
芸術家的教育者の僕らも、僕らの美学をコンテンツ化して誰かに届けていかなくてはいけません。
ということで、今回はオリジナルコンテンツの作り方についてお話しします。
ちなみに今後あなたがビジネスを展開して自分の商品を作るときにも同じ考え方が使えるので、参考にしてみてください。
まず大前提となるのが発信者の美学を感じるコンテンツ(商品)はオリジナリティがあるということです。
芸術家的教育者の考えでは、コンテンツとは美学を伝えるための乗り物なのです。
映画という乗り物に製作者の美学が宿るように。
ここまでクラシックラウンジのコラムを読んでくれたあなたならこの意味が分かりますよね?
美学とはMSPであり、究極の差別化なのです。
ここでまだピンとこなければもう一度過去のコラムを読み返してみてくださいね。
今回は「じゃあどうやって美学を感じてもらうのか?」というところに答えていきたいと思います。
愛は生命そのもの
芸術家的教育者はどんなコンテンツを作ればいいのでしょう。
僕がオススメしたいのは教育系コンテンツです。
教育コンテンツとは要は「お役立ちコンテンツ」のこと。
人は「この人は自分の求めている情報を与えてくれる人だ」と思える人にまず集まります。
だから芸術家的教育者としてスタートするには教育コンテンツを作ることをオススメします。
教育というからには、「教えられること」がコンテンツです。
そして、あなたが教えられることはすべてコンテンツにすることができます。
形式はブログ、YouTube、SNS、どれでも構いません。
大切なのはどの形式でも教育コンテンツであること。
でも「教えられること」と言われると急にハードルが高く感じるかもしれませんね。
でも大丈夫です。
「教えられること=語れること」と考えてみましょう。
好きなことに関してはたくさん語れませんか?
映画の話なら友達と何時間でも語れる。
漫画の話をしていたらいつの間にかこんな時間に・・・
なんて経験があなたにもあるかもしれません。
別に映画や漫画じゃなくてもいいです。
なんでもOK。
語れるものがあればそれは教えることができるということです。
「私が理解していることのすべてを、私はそれを愛するがゆえに理解している。愛は生命そのもの。」
:レフ・トルストイ [小説家]
「好きこそ物の上手なれ」という言葉もあるように、好きなことは自然と詳しくなるものです。
映画が好きなら映画の情報をコンテンツにして発信すればいいし、ファッションが好きならファッションの情報をコンテンツ化すればいいのです。
好きになれる時点であなたはその分野に才能を持っています。
「好き」とは、まさにあなたの生命の一部なんですね。
そのあなたの一部分を強調して発信すればいいだけです。
僕はアートのメディアを作るためにアートを勉強したわけじゃありません。
そもそもアートが好きだったからアートを学んだだけです。
結果としてアートのメディアを立ち上げることができただけなんです。
語れるものが1つでもあるなら、それをコンテンツにすれば良いのです。
その情報を求めている人は必ず存在します。
彼らはあなたを求めているのです。
でもただ闇雲に叫んでいても芸術家的教育者にはなれません。
ありふれたコンテンツを世界で1つのコンテンツにする魔法をかけましょう。
オリジナルコンテンツの方程式
どこにでもあるコンテンツをオリジナルコンテンツにするのが美学です。
オリジナルコンテンツの方程式は、
美学 × 教えられること = オリジナルコンテンツ
となります。
もしあなたが映画が好きだとして映画のメディアを作るとしたら、どんなメディアを作りますか?
あなたが映画に詳しければ、きっと映画を解説するようなコンテンツを作るでしょう。
「だってユウさんが教えられることをコンテンツにしろって言ったから・・・」
確かにその通りです。
しかし例えばあなたが映画について解説したコンテンツを作ったとします。
ではそのコンテンツのオリジナル性って何だと思いますか?
オリジナル性とは言い方を変えると「あなたが作る意味」です。
オリジナルコンテンツを作るとは、あなたが作る理由をデザインするということです。
例えば僕が運営しているアートシーンマインドでは、アートを人生の質を高める参考書と定義し、
-
- アートの知識
- アートの思考法
が学べる仕様になっています。
このアートシーンマインドのメインコンテンツは何だと思いますか?
アートの情報を発信するメディアではあるけど、実はメインディッシュは僕が語るアートの思考法なのです。
それはどういうことでしょうか。
次の章で解説していきますね。
Content is King…?
Webマーケティング業界で「Content is King(コンテンツが王様)」という言葉があります。
これは「あらゆるマーケティングや施策はあれど、良いコンテンツを作ることが一番大事だ」という意味の業界用語(?)です。
しかし時代は進み、コンテンツが玉座に君臨していた時代は終わりました。
考えてみればわかることです。
今の時代「良いコンテンツ」は星の数ほど存在するのです。
そんな中で、「質が高い」という一点で勝負していても、他のコンテンツと正直もう大差ありません。
むしろ「良いコンテンツ」であることは最低限でスタートラインでしかないのです。
ここでアートシーンマインドの話に戻りましょう。
アートシーンマインドはアートの情報を発信するメディアではあるけど、実はメインディッシュは僕が語るアートの思考法です。
要は、他のメディアはアートの情報しか発信していないのです。
どのメディアも一生懸命に「良いコンテンツ」を発信しています。
それではどのメディアで誰が発信していても変わりません。
どのメディアも質の高いコンテンツなので。
料理で例えてみましょう。
例えばアートの情報だけを提供している発信は、トマトをそのまま皿の上に置いてお客さんに出している感じです。
「どれだけ質の高いトマトを提供できるか?」で勝負しているのです。
でも考えてみてください。
高級トマトを丸ごとそのまま皿に乗せて出してくるレストランの常連になりますか?
いくら美味しくても、さすがに飽きますよね?
これが現代での「Content is King(コンテンツが王様)」の戦い方です。
この戦い方って、なんだか苦しそうですよね?
一方、僕は僕なりにトマトを料理して提供しているのです。
つまり本質的に大切なのはコンテンツではなくコンテキスト(文脈)なのです。
僕はアートを「人生の質を高める参考書」と定義し、情報発信者に向けて芸術家的教育者になるためにアートの思考法を学ぼうというコンテキストを設定しています。
アートを学ぶための新しい物語をそこに描いているんですね。
要は、何のために情報を提供しているのか?という問いがはっきりしているのです。
この「何のためにコンテンツを提供しているのか?」という問いに対する答えが無いとオリジナル性は失われます。
「誰が」発信しているかで選ばれないといけないのです。
このコンテキストで差別化できると、あなたのファンは一生あなたのもとに集まってくれます。
以前紹介したサイモンシネックのゴールデンサークル理論を思い出してください。
大事なのは「なぜやっているか」なのです。
それはMSPであり美学なのですから。
コンテンツの代わりに王国を収めていくのはコンテキストです。
これからの時代は「Context is King(文脈が王様)」なのです。
じゃあ具体的にどうコンテキストを設定するのか?
今回はそこまで話していきますね。
君のトマトの食べ方を教えてくれ!
さあ、どうやってコンテキストを設定するのか。
結論から話すと、美学に基づいた理想世界を設定し、その理想世界にいくまでにコレが必要だ、ということを語っていけば良いのです。
ある目的のためにこのコンテンツが必要だと理解させるということです。
僕はアートをただ漠然と学ぶより、芸術家的教育者になるための参考書として学ぼうと提案しています。
芸術家的教育者という理想世界を語り、そこにいくまでの道のりにアートを置いているのです。
コレがコンテキストを設定するということです。
コンテキストを設定する。
まだピンときていませんか?
言い方を変えると「意味を再定義する」ということです。
僕はアートシーンマインドでアートの意味を再定義しています。
アートを学ぶことを、ただの教養から芸術家的教育者になるためと再定義し、それぞれの記事では、アートの知識をアートの思考法によって再定義しているのです。
意味を再定義すると、例えピカソについての記事を書いても、誰とも競合しません。
ピカソを学ぶコンテキストが他メディアとは全く異なるからです。
アートシーンマインドのファンは、アートの知識が知りたくて訪れているわけではありません。
僕の美学をもとにデザインされたコンテキストに魅力を感じて訪れてくれるのです。
人はトマトが食べれたらそれで良いわけではありません。
世の中にトマトが溢れた世界で、より価値があるのは「よりトマトを美味しく調理してくれる人の存在」なのです。
調理するとはもちろんメタファー(比喩)です。
あなたのコンテンツの意味はそのままでいいですか?
トマトを皿の上にのせた状態でお客さんに出そうとしてませんか?
冷静に今のネット界を見てみてください。
トマトを皿の上に乗せてお客に無理やり食べさせようとしている人ばかりです。
もはやトマトハラスメント、トマハラです。(なんだそれ)
そんな世の中で、トマトを料理して提供すればすぐに人は集まります。
「この人のところに行けばめちゃくちゃうまいトマト料理食べれるぜ!」
そう思われます。
つまりあなたのコンテンツをあなたなりに再定義してコンテキストをデザインしましょう。
コンテキストをデザインして初めてコンテンツにオリジナル性が付随されます。
「オリジナリティが習慣を打ち負かした結果が、クリエイティビティなのだ」
:アーサー・ケストラー[作家]
ケストラーが言う習慣とは、今回の文脈で言うと「Content is King」の戦い方です。
そしてオリジナリティがコンテキストのことですね。
「誰が一番質の高いコンテンツが作れるか」なんていうのはクリエイティブでもなんでもありません。
言ってしまえば「どんぐりの背比べ」。
あなたのコンテキストを描くことこそが本当のクリエイティブな発信なのです。
みんながそうしてるし・・・
という感じで流されないでくださいね。
そしてあなたはもう薄々気がついていると思いますが、そう、その通りです。
コンテキスト=美学なのです。
あなたの美学という皿の上にコンテンツを再定義して盛り付ければ、自動的にコンテキストは出来上がるのです。
やっぱり最後は美学に帰ってくるんですね。
さあ、あなたは僕にどんな料理を出してくれますか?